心不全のペースメーカー治療 〜心臓再同期療法〜

心不全は進行する病気であり、いかに進行を抑えることが重要になります。心不全の治療オプションの一つが心臓再同期療法です。残念ながら、すべての心不全患者さんに有効ではありません。

心臓の電気の伝わり方に問題(伝導障害)があることで、非同期収縮がおき心臓の収縮機能が低下した方にのみ効果があります。そのため、心不全の治療というよりも伝導障害の治療と言えます。

心室の非同期収縮について、そして心臓再同期療法について解説します。

コンテンツ

伝導障害による心室の非同期収縮

心不全は、心臓が悪いことで息切れやむくみといった症状が発生します。心不全は一度発症すると、だんだん悪くなり、生命を縮めてしまいます

心臓の機能が低下する原因は様々ですが、その原因の一つに心室の非同期収縮が挙げられます。心臓の非同期収縮は心室内の伝導障害(左脚ブロック右室ペーシング)により心室の収縮がばらつくことで発生します。

非同期収縮を発生する代表として、左脚ブロックによる非同期収縮について説明していきます。

正常の心室の収縮

正常の刺激伝導系のポイント:正常の刺激伝導系を使用した場合、心室に一気に電気信号が伝わる。それにより、心臓の収縮はスムーズにできる

正常伝導の心電図

刺激伝導系を介した伝導はあっという間に左心室全体へ広がるため、要する時間が短くQRS幅が狭い

左脚ブロックの心室の収縮

左脚ブロックの非同期収縮

  1. 左脚ブロック:左脚の伝導が途絶する(左心室へ向かう左脚以下の刺激伝導系が使えない)
  2. 左心室へゆっくりと電気が伝導する
  3. 左心室内で電気のズレが生じる
  4. 左心室内の収縮するタイミングのズレが生じる(非同期収縮
  5. 左心室が収縮する効率が落ち、負担が心臓にかかって心臓がばてる(働きが落ちる)

左脚ブロック・右室ペーシングの心電図

左脚ブロックの心電図

左脚以下の刺激伝導系が使えないので、左心室へゆっくりと電気が伝導していく

心室内の伝導時間を示すQRS幅が広くなる

右室ペーシングの心電図

右心室を電気刺激し、左心室へゆっくりと電気が伝導していく

心室内の伝導時間を示すQRS幅が広くなる

右室ペーシングでも左脚ブロックと同様に非同期収縮を引き起こすリスクがある。

ペースメーカーによる心臓再同期療法

ペースメーカーによる心臓再同期療法は心室内の電気的なズレを解消することで、心臓の非同期収縮を改善させる治療です。心臓再同期療法の方法は大きく分けて2種類あります。

  1. 両室ペーシングによる心臓再同期療法
  2. 刺激伝導系ペーシングによる心臓再同期療法

両室ペーシングによる心臓再同期療法

左心室を挟むように留置された右心室リードと左心室リードからペーシング刺激をすることで、左心室内の電気信号のばらつきによる非同期収縮解消を目指します。

通常のペースメーカーは右心室にペーシングリードを留置します。両室ペーシングでは、右心室に留置するリードに加えて左心室をペーシングするリードを使用します。

右心室側と左心室側とペーシングするため、両室ペーシングといいます。左心室側のペーシングリードは左心室内ではなく冠静脈内に挿入します。左心室の外側からペーシングします。

左心室を挟むように留置された右心室リードと左心室リードからペーシング刺激をすることで、左心室内の電気信号のばらつきによる非同期収縮解消を目指します。

通常のペースメーカーは右心室にペーシングリードを留置します。両室ペーシングでは、右心室に留置するリードに加えて左心室をペーシングするリードを使用します。

左心室リード

左心室リード

左心室をペーシングするリードは、心臓の外側にある冠静脈の中に挿入されます。冠静脈は右心房と繋がっていて、右心房から慎重に冠静脈内へリードを挿入します。

右心室側と左心室側とペーシングするため、両室ペーシングといいます。左心室側のペーシングリードは左心室内ではなく冠静脈内に挿入します。左心室の外側からペーシングします。

  1. 収縮が遅くなっている場所(多くは左心室の側壁側)にリードを配置し、遅くならないように電気信号を送る
  2. 心室内の収縮するタイミングのばらつきが解消される(心臓再同期療法)
  3. 左心室収縮の効率が良くなり、心臓の働きが改善する。

心臓再同期療法による心電図変化

心室内の電気興奮は心電図ではQRS波形にて観察することができます。

両室ペーシングにより心室内の電気のズレが修正されることで、QRS波形の幅が短縮したことが確認できます。

刺激伝導系ペーシングによる心臓再同期療法

一般的に右心室リードは右心室の心筋に電気刺激を送ります。しかし、右心室ペーシングは前述の通り、非同期収縮を助長する可能性があります。刺激伝導系ペーシングでは、心室へ電気信号を伝導する刺激伝導系に直接電気刺激を与えるペーシングです。刺激伝導系ペーシングは以下の二つがあります。

  • ヒス束ペーシング
  • 左脚領域ペーシング

※ 心臓再同期療法が必要な場合、現時点では両室ペーシングが推奨されています。(2021年 JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 不整脈非薬物治療(日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン))

ヒス束ペーシング

右心室ペーシングは左室の非同期収縮を招く恐れがあります。特に、心臓の機能が低下していると非同期収縮の可能性が上がります。

ヒス束ペーシングでは、刺激伝導系を直接刺激するため非同期収縮を予防することができます。

【ヒス束ペーシングの欠点

  • 植込みが不成功で終わることがある
  • ペースメーカーの指標が不安定になることがある(閾値、波高値、心房波のオーバーセンシングなど)
  • 房室伝導障害を誘発する可能性がある
左脚領域ペーシング
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ペーシングリードを右室側から心室中隔に刺して左脚エリアを直接ペーシングする方法です。

左脚にペーシングすることができれば、(ポンプとして最も重要な)左心室の非同期収縮を防ぐことができます。

新しい治療法であり、長期的なデータが集積されれば心臓再同期療法の重要なツールになりえます。

3. 心臓再同期療法の適応疾患は?

心臓再同期療法の手術適応について以下にあげます。医療者以外の方にはわかりにくい内容ですが、簡単に言うと、

心不全の症状があって、左室駆出率が低下し、心電図のQRS幅が広く、心臓のリズムが正常だと、両室ペーシングの効果が期待できる

ということになります。心臓再同期療法はすべての心不全患者さんに有効ではありません。有効である患者さんの特徴を解析すると、QRS幅が広い(特に左脚ブロック)、心臓のリズムが正常(洞調律)であることが重要でした。

左脚ブロック(右室ペーシングを含む)は、心室の伝導障害を示します。正常のリズムだと、心臓再同期療法の効果が上がります。

適応決定のため、心不全の症状を確認し、心エコー検査、心電図を測定します。手術までに十分な心不全の薬物治療が行われていることも重要です。

両室ペーシングの適応

日本循環器学会のガイドライン(不整脈非薬物治療ガイドライン 2018 年改訂版)による両室ペーシング植込みの適応判定は以下の項目が参考にされます。

両室ペーシングの適応判定のための項目
  • 心不全の症状
  • 左室駆出率(心臓の収縮機能)
  • 心電図のQRS幅(心臓の伝導障害)
  • 心臓のリズム

心臓の収縮機能が低下(左室駆出率が低下)していて、心不全の治療を適切にされているにも関わらず改善が見られない患者さんが対象です。

心電図にてQRS幅が拡大していると非同期収縮の関与が疑われます。左脚ブロックかつ正常のリズムであれば両室ペーシングによる再同期療法の効果が期待されます。

推奨度クラスおよびNYHA分類については以下を参照ください。

ガイドラインによる治療の推奨度(クラス)
  • クラス I :評価法・治療が有用、有効であることについて証明されているか、あるいは見解が広く一致している
  • クラス II :評価法・治療の有用性、有効性に関するデータまたは見解が一致していない場合がある
  • クラス IIa :データ、見解から有用、有効である可能性が高い
  • クラス IIb :有用性、有効性がそれほど確立されていない
  • クラス III :評価法・治療が有用でなく、ときに有害となる可能性が証明されているか,あるいは有害との見解が広く一致している.
心不全症状の強さを表すNYHA分類
  • クラス1:心不全の症状なし
  • クラス2:通常の身体活動(坂道や階段をのぼる)にて息切れ、動悸、胸痛、疲労感を認める
  • クラス3:通常以下の身体活動(平地を歩くなど)で息切れ、動悸、胸痛、疲労感を認めるが、安静時は症状がない
  • クラス4:どんな身体活動でも息切れ、動悸、胸痛、疲労感がある。安静にしていても症状がある

正常のリズム(洞調律)での両室ペーシングの適応

洞調律での両室ペーシングの適応

心不全の症状の強さで、適応となる数値に若干の差があります。心不全の症状が強い場合は、適応になる値が若干ゆるく、症状が軽いと値はやや厳しくなります。

心室ペーシングでの両室ペーシングの適応

心室ペーシングでの両室ペーシングの適応

右心室からのペーシングは心室の非同期収縮を引き起こすことがあります。元々、左室駆出率が軽度低下した状態で右室ペーシングが入るとさらに心機能が低下し、心不全のコントロールが悪くなる場合があります。

または、心機能が良くても長年右室ペーシングすることで、気がついたら左室駆出率が低下している場合もあります。

そのため、右室ペーシングが原因で左室駆出率が低下したことが考える場合や、右室ペーシングにてより左室駆出率が低下することが懸念される場合は、両室ペーシングが適応になります。

前者であれば、左室リードを追加します。後者であれば、ペースメーカーを入れる段階で、通常のペースメーカーではなく初めから両室ペーシングを行います。

心房細動での両室ペーシングの適応

心房細動での両室ペーシングの適応

両室ペーシングは洞調律にて効果が得やすいことがわかっています。しかし、重症の心不全症状があり、QRS幅が広い場合は心房細動でも両室ペーシングの適応になります。

両室ペーシングは、できる限り高頻度にペーシングを行うことが求められます。心房細動だと心拍数が変動するため、ペーシングの割合が減ることがあります。

両室ペーシングの効果を最大限得るために、心房細動の心拍数をしっかりと低下させることが必要です。薬物療法やアブレーション治療が行われます。

刺激伝導系ペーシングの適応

日本循環器学会のガイドラインのアップデートに伴い刺激伝導系ペーシングの適応について明記されました。

右室ペーシングの割合が多くなると心機能低下のリスクが上がります。そのため、右室ペーシングの割合が高いことが予測され場合(ガイドラインでは20%以上)は、刺激伝導系ペーシングの選択することも考慮するよう勧められるようになりました。

特に心臓の機能が低下傾向の場合は推奨クラスが高くなっています。

徐脈性不整脈に対する刺激伝導系ペーシングの適応

2024 年 JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 「不整脈治療」より

適応推奨クラスエビデンスレベル
ペースメーカ適応の房室伝導障害患者で、高頻度の心室ペーシング(20%以上)が予測され、かつ軽度〜中等度の左室収縮能 低下(LVEF 36〜50%)を認める場合、刺激伝導系ペーシングを考慮する。IIaC
ペースメーカ適応の房室伝導障害患者で、高頻度の心室ペーシング(20%以上)が予測され、かつ左室収縮能低下を認めない 場合、ペーシング誘発性心筋症を回避する目的で、刺激伝導系ペーシングを考慮してもよいIIbC
房室ブロック作製術を必要とする症例に対して、刺激伝導系ペーシングを考慮してもよいIIbC

両室ペーシングの代替治療としての刺激伝導系ペーシングの適応

2024 年 JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 「不整脈治療」より

適応推奨クラスエビデンスレベル
心臓再同期ペーシング適応の左脚ブロック、もしくは高頻度の心室ペーシング(20%以上)を必要とする患者において、通常の経冠静脈的左室リードペーシングが無効、または何らかの理由により確立できない場合、刺激伝導系ペーシングを考慮するIIaC

心臓再同期療法の効果

両室ペーシングの効果

両室ペーシングは治療直後に血圧があがったり、手足が温かくなったりすることもありますが、実際に左室駆出率が改善していくには数ヶ月かかることもあります。

血圧が上がることで、心臓を保護する薬を追加・増量することが可能になります。また、労作時の症状が改善されることで心臓のリハビリテーションを進めることができます。

さらに、心不全の入院が減ったり、予後が改善することも期待されます。

【両室ペーシングの効果】
  • 心不全の症状が改善、QOLが改善
  • 運動耐用能が改善
  • 心不全入院を減らす
  • 予後を改善する

両室ペーシングは効かないこともある

両室ペーシングは、心室の非同期収縮に対する治療です。先述のガイドラインが勧める適応の患者さんに同じように手術を行なっても、一部の患者さんには両室ペーシングの効果が得られない場合があります。

両室ペーシングが効かなかった要因はいくつか知られています。これは、術前にはわからないことが多いため、手術して初めて有効かどうかを知ることができます。

両室ペーシングが無効になる要因
  • 不整脈がある
  • 貧血がある
  • 薬物治療が不十分
  • 左心室リードの留置位置がよくない
  • 両室ペーシングの設定が不十分
  • 両室ペーシングの割合が低い
  • 元々QRS幅が広くない
  • 非同期収縮が改善していない
  • 服薬が遵守されていない

無効である要因が修正可能であれば調整します。

刺激伝導系ペーシングの効果

ヒス束ペーシングの心不全に対する良好な効果は証明されている。が、前述のヒス束ペーシングの欠点があることか両室ペーシングより先に行うことは勧められていない。しかし、両室ペーシング無効例に対するヒス束ペーシングの有効性も指摘されている。

左脚ペーシングは、多くの検討が始まっている。

植込み手術のリスクは?

植込み手術は、リード線(または本体)を血管を通って心臓内へ到達させます。比較的安全な手術と言えますが、一定の確率で合併症が起こることがあります。

ペースメーカー手術で起こりうる合併症

術中の合併症

  • 気胸
  • 血管合併症
  • 心穿孔
  • 脳虚血症状
  • 造影剤による副作用
  • 放射線による障害

術後早期の合併症

  • リード位置移動
  • 血腫
  • 植込み部感染
  • 横隔膜刺激
  • 下肢深部静脈血栓症

術後遠隔期の合併症

  • リード断線
  • 植込み部皮膚壊死
  • 静脈閉塞
  • ペースメーカー症候群
  • 皮膚壊死

通常のペースメーカーとリードレスペースメーカーで合併症が異なりますので、それぞれ以下をご確認ください。

手術の費用・身体障害者申請・自動車運転について

手術の費用について

ペースメーカー手術は高額療養費制度の対象になります。年齢や所得に応じて支払う限度額が変わります。さらに、適切な状況でペースメーカー植込み術を受けると各自治体の役所に申請すると身体障害者の1級に認定されます。

障害者医療費助成制度により助成を受けることができるようになります。ただし所得制限があるようですので、詳細は治療を受ける施設にお問い合わせください。

生命保険会社へ手術給付金申請

生命保険に加入されている方は、入院や手術に対する給付を受けることができます。保険会社によって手術給付金の対象手術が異なる場合がありますので、ご加入の保険会社にご確認ください。

正式名称両心室ペースメーカー移植術
コードK 598

植込み型除細動器の機能がついた両室ペースメーカー植込みの場合

正式名称両室ペーシング機能付き植込型除細動器移植術
コードK 599-3

身体障害者の申請

植込み型心臓デバイスを植え込んだ場合、申請することで身体障害者に認定されます。等級については、治療の推奨クラスや身体活動などで変わります。詳しくは下のリンクで確認してください。

自動車運転について

植込み型除細動器が植え込まれた場合、基本的に自動車運転は禁止されます。ただし、不整脈の状況などで運転が許可さえる場合があります。詳しくは下のリンクで確認してください。

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